R3年 7月の言葉 

 稽古後、道場の皆さんと高速道路の土手のホタルの乱舞を見たのが数十年前である。その後、段々とホタルが少なくなったが、今年も数匹のホタルを見る事ができた。 ホタルと言えば「死んだら、ホタルになって富屋食堂に戻ってくるよ」と、言って鹿児島の知覧から飛び立っていった特攻隊員の映画「永遠の0」を思い出す。
 この映画を見られた方も多かろう。 来る8月15日は終戦記念日ですが、昭和20年の終戦前には、日本は戦艦も空母も沈められ、沖縄海域にアメリカの戦艦1500隻、兵力54万8000人、一方の日本は守備隊のみで、兵力8万6000人であった。もし沖縄が落ちれば、本土九州は目と鼻の先、北からはソビエト連邦(ロシア)が入り、朝鮮半島・ドイツのように北と南に二分される。 そこで編み出した戦法は飛行機1機で、戦艦や空母に体当たりして沈める特攻であった。
 その基地が鹿児島の知覧である。そこでの少年兵達の訓練は禍獄を極めたが、孤独な特攻隊の世話をし、母のような存在であったのが富屋食堂の店主・鳥濱トメさんである。 そして、「死んだらホタルになって戻ってくるよ」と、言って飛び立った少年兵の教官は藤井一中尉であった。教え子達が次々特攻で死んでいく中で、藤井一中尉も特攻に志願するが、家族のある将校は採用されないのだ。 藤井中尉の妻は特攻の志願を来る日も来る日も思い留ませたが、それでも藤井中尉の決意は変わらなかった。夫の決意を知った妻の福子(24歳)さんは、私達がいたのでは後塵の憂いになり、思う存分活躍出来ないでしょうから、一足先に行って待っていますとの遺言を残し、3歳まじかの長女・一子ちゃんと生後4カ月の次女・千恵子ちゃんに晴れ着を着せて、12月・厳寒の荒川に身を投げたのである。

 妻子の死を知った藤井中尉(29歳)は指を切って血染めの嘆願書を提出して、ついに特攻志願が受理され、戦艦に体当たりしていったのである。 藤井中尉の奥さんはピアノが上手で、すらりと背が高く、物静かな奥様であったと云う。 このような先人達のお陰で、日本が守られ、今の自分があり、私達の心を奮い立たせてくれるのである。

                                     館長

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